
エンジニアはなぜ休職に至るのか — 順天堂大学の研究が明かした3つのプロセス
ITエンジニアは、メンタル不調による休職率が他業種と比べて突出して高い職種である。厚生労働省の調査では、産業別に1ヶ月以上の休業者の割合をみたとき、情報通信業が最も高い割合を占めることが明らかになっている。
ではエンジニアは、何をきっかけに、どのようなプロセスを経て休職に至るのか。順天堂大学医療看護学部の下山満理・櫻井しのぶによる研究(2017)が、実際に休職を経験したエンジニア7名へのインタビューを通じてそのプロセスを質的に明らかにしている。この記事ではその論文の要点を整理し、エンジニアが自分の状態を客観視するための視座と、相談という選択肢の重要性について書く。
出典:下山満理・櫻井しのぶ「IT産業で働くシステムエンジニアがメンタルヘルス不調をきっかけに休職に至るまでのプロセス」順天堂大学医療看護学部 医療看護研究 第14巻1号(2017)pp.20-29
研究の概要
研究対象は、都内IT産業の大規模事業所で働く20〜30代のシステムエンジニア7名(男性)。全員がうつ病エピソードの診断を受けて1ヶ月以上休職し、その後復職した社員である。不調になる前の残業時間は、全員が平均月60時間を超えていた。半構造化面接で、初めてメンタル不調になったきっかけ、その時の周囲の支援、必要だった支援を聴取し、グラウンデッド・セオリー・アプローチで分析している。
分析の結果、エンジニアが休職に至るまでのプロセスは、3つの大きな段階で構成されていることが明らかになった。
・第1段階:繋がっているが孤独な関係性(メンタル不調のきっかけ)
・第2段階:問題を抱え込み自身を追い詰める(不調が進行する時期)
・第3段階:自らを閉じ込める(休職に至る時期)
順に整理する。
第1段階:繋がっているが孤独な関係性
メンタル不調のきっかけとなった時期、対象者はいずれも客先常駐の環境にあった。納期に厳しい制約があり、メンバー全員がストレスを抱える状況。繁忙期には日常会話そのものが消え、同僚とのつながりが希薄になっていた。上司は複数プロジェクトを兼務して常駐できず、相談したくてもタイムリーには相談できない。論文ではこれを「繋がっているが孤独な関係性」と命名している。
この段階で重要なのは、本人の信念が孤立を強化していたという指摘だ。対象者の多くは「仕事は自分で責任を持ってやるものだ」という価値観を持ち、「負けず嫌いで周りに頼れない性格」を自認していた。研究では、こうした強固な信念が周囲への相談しづらさを生み、本来相談すべきことを伝えられないまま問題が大きくなっていく構造が描かれている。
論文は心理学の先行研究を引きながら、こうした「不合理な信念」がうつ病になりやすい認知スタイルと一致することを指摘している(福井 2010を参照)。エンジニアに特有の職業倫理が、メンタル不調のリスク要因として作用しうるという示唆である。
第2段階:問題を抱え込み自身を追い詰める
不調が始まった時期には、進捗の遅れやミスが出始め、上司から叱責を受けるようになる。対象者は「頑張りが認められない」「期待に応えられない」という苦悩を抱えながら、それでも作業を一人で取り繕おうとする。夜遅くまで働き、朝起きられず遅刻し、日中眠くて作業が回らない、欠勤する、残業が続いてさらにミスをする、という悪循環が始まる。
この段階で論文が引用しているのが、職場の人間関係・仕事の疲労・仕事の内容や量について「誰にも相談しない(我慢する)」と答えた男性労働者のメンタルヘルスは明らかに不良だったという豊増ら(2001)の研究だ。相談せずに問題を抱え込むこと自体が、メンタル不調の大きな要因として作用する。
エンジニア当人だけでなく、上司側にも認識のギャップがあったことが示されている。日本生産性本部の意識調査では、上司に叱られると「やる気を失う」と答えた一般社員が60.0%、一方で「叱ることが育成につながる」と考える上司が87.8%。叱責によって育成しようとする上司と、それで気力を失う部下のすれ違いが、職場全体で構造化されているのである。
第3段階:自らを閉じ込める
ここまで進むと、遅刻と欠勤が続き、内科やメンタルクリニックを受診するケースも出てくる。論文はこの段階を「自らを閉じ込める」と命名し、4つのサブカテゴリーで描いている。
・自分の中で解決できず苦悩を抱える
・不能感が強くなる(「原因は自分の能力不足」という思い)
・思考が内向きになる(「自分のことは放っておいてくれ」という意識)
・シャットダウン(活動停止状態に陥る)
特に注目すべきは、研究対象者7名のうち、自ら上司にメンタル面の不調を相談して休職に至った事例はわずか1例だけだったという事実だ。他の6名は、上司・親・主治医から休職を勧められて、ようやく自分の状況を認識し受け入れている。本人が自発的にSOSを出せた割合は、極めて低い。
この研究が示す最も重要なこと
論文の結論は明快である。エンジニアの休職を防ぐために必要な支援の本質は「孤立させないこと」だ。職場メンバーと連携し、関係性のこじれや孤立感を早期にキャッチし、相談対応を行うことが、産業保健スタッフに求められている。
ただ、この研究が同時に浮き彫りにしたのは、職場の内部だけで完結する相談支援には限界があるという現実でもある。本研究の対象者が勤務していた事業所は、産業保健スタッフが常駐し、セルフケア研修やラインケア研修を定期的に実施し、厚生労働省の取り組みを一通り行っている施設だった。それでも7名は休職に至っている。
つまり、職場の制度が整っているかどうかとは別に、エンジニア自身が「相談する」という行動を取れるかどうかが、決定的に重要なのだ。
第三者に話すという選択肢
論文が指摘した相談しづらさの構造を整理すると、エンジニアは少なくとも次の3つの条件下にある。
・客先常駐や繁忙で、タイムリーに相談できる相手が物理的にいない
・上司に話すと評価や叱責のリスクがあり、本音を出せない
・「自分で責任を持つ」という職業倫理が、相談自体を躊躇させる
この3つを同時に解消できる選択肢として、職場の外にいる第三者に話すという方法がある。守秘義務があり、評価関係になく、業務上の利害もない相手だ。
順天堂大学の論文も、コミュニケーション講座を引きながら「部下の本音を聴くポイントは安心感を与えること。そのために相手に歩調を合わせることが大切」(桜井 2006)と書いている。本来は上司に求められる機能だが、現実にそれが期待できない環境にあるなら、訓練を受けた第三者であるカウンセラーがその役を担える。
オンラインカウンセリングという選択肢:cotree
私自身、ストレス性の微熱が1ヶ月続いた時期に、最終的に状況を整理する助けになったのは、オンラインカウンセリングのcotreeだった。
cotreeを選んだのは、臨床心理士や公認心理師の有資格者が担当すること、オンライン完結で時間と場所の制約がないこと、単発でも継続でも利用できることから、客先常駐や残業の多い働き方とも両立できると判断したからだ。
論文が指摘した「自分の負の部分を表に出せない」「本音を相談できず自分を追い詰めた」という状態は、職場の内部にいる限り解消が難しい。だが職場の外にいる訓練された第三者になら、構造的に話しやすい。研究の結論である「孤立させない支援」を、自分から実装できる手段の一つがオンラインカウンセリングだと、私は実感している。
なお、強い体調不良や精神症状がある場合は、心療内科や精神科の受診を優先してほしい。カウンセリングは医療の代わりではなく、医療と並行して使える整理ツールとして位置づけるのが現実的だ。
主要参考文献
下山満理・櫻井しのぶ「IT産業で働くシステムエンジニアがメンタルヘルス不調をきっかけに休職に至るまでのプロセス」順天堂大学医療看護学部 医療看護研究 第14巻1号(2017)pp.20-29
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