
【実体験】エンジニアになって気づいたらアラサーになっていた
先日、20代の後輩と話していて、「Leonさん、人生どうですか?」と聞かれた。
不意打ちだった。
「楽しいよ」とも「しんどいよ」とも、何も言えなかった。気の利いた答えどころか、当たり障りのない返事すら出てこなかった。会話はそのまま別の話題に流れて、何事もなく終わった。
ただ、一人になってからじわじわ効いてきた。なんで何も答えられなかったんだろう、って。
気づいたら30歳になっていた
エンジニアになって、気づいたら30歳になっていた。
20代に入った頃は、30歳なんて遠い未来の話だと思っていた。先輩たちを見て、「自分があの年になる頃には、もっと色々分かっているんだろうな」と漠然と考えていた。
実際は、ほとんど何も分かっていない。
転職して入った会社でPHP から Node.js への大規模リプレースをやって、オフショアも経験して、それなりに「できる側」だと思っていた時期もあった。フリーランスとしても1.5年、自分の名前で仕事を取りに行った。新卒で入った会社で6年、PHP から Node.js への大規模リプレースをやって、オフショアチームも回して、それなりに「できる側」だと思っていた時期もあった。語学学習にもはまり、並行してタイ語、スペイン語、中国語と語学にも手を出した。
それぞれの選択は、間違いなく自分で選んだものだ。でも今振り返ると、その時その時で目の前のことに必死だっただけで、「人生どうですか?」と聞かれて即答できるような太い一本の物語には、なっていない。
心理的に、もう若者ではない側にいる
20代のときは、自分が「若くなくなる日」が来るなんて、本気で考えていなかった。
頭ではいつか歳を取ると分かっていても、心理的には自分はずっと「若者の側」にいると思い込んでいた。30歳の自分も、20代の延長線で同じように振る舞っているんだろう、くらいに思っていた。
それが、30歳が見えてきた頃から逆転する。
電車に乗っているとき、職場のフロアを歩いているとき、SNS のタイムラインを眺めているとき。ふとした瞬間に、「自分はもう若者ではない側だな」という意識が頭をよぎる。
年齢なんて自分次第、というのは正しいと思う。気持ちが若ければいくつになっても若い、それも本当だと思う。
でも、20代のときの自分は、こんなことを一秒も考えていなかった。「自分は若者か、そうじゃないか」という問い自体が存在しなかった。今は、その問いが頭の片隅に常駐している。それだけで、20代とは違うフェーズに入ったんだなと思う。
アラサーになって挑戦はしにくくなった
20代のうちにもっとやっておけばよかった、と思うことは正直ある。
ただ、それを後悔しても意味がない。後悔は時間と気力を食うだけで、何も生まない。過去の選択は変えられないし、変えられないものを蒸し返すのは趣味が悪い。
ただ、これは事実として書いておきたい。
アラサーになると、挑戦はしにくくなる。
体力もそうだし、背負っているものもそうだし、何より「失敗したときに取り戻せる時間」が物理的に減ってくる。20代後半の転職と、30代後半の転職では、市場からの見られ方も周囲の理解度も違う。フリーランスや起業のような、いったん収入が不安定になる選択も、年齢を重ねるほど踏み出しづらくなる。
これは精神論ではなく、構造の話だ。
20代の読者へ
だからこそ、もしこれを読んでいる20代の人がいたら、これだけは言っておきたい。
挑戦は、20代のうちにやっておいた方がいい。
転職、フリーランス、起業、海外、留学、なんでもいい。「いつかやろう」と思っているものは、思っているより早く「いつか」がなくなる。20代のときの自分が、29歳になってこうやって書かれることを想像していなかったように。
30代になっても挑戦はできる。それは本当だ。ただ、20代の挑戦と30代の挑戦は、別物だと思っておいた方がいい。コストもリスクも、社会からのまなざしも、20代の方が圧倒的に軽い。
その軽さは、20代のうちにしか使えないカードだ。
答えられなかった理由
後輩の質問に答えられなかったのは、答えがないからじゃない。逆に、答えが多すぎて、一言にまとめる気力がなかったんだと思う。
楽しいことも、しんどいことも、誇らしいことも、消したい記憶も、全部地続きで、どれか一つを切り出して「こうだよ」と言うのは、その他全部を切り捨てることになる気がした。
30歳になって情報量が増えた分、自分の人生を一言で語れなくなった。これは多分、悪いことじゃない。
もし時間が巻き戻って、あの場面に戻れるなら、こう答えると思う。
「一言では言えない」
これが今出せる、いちばん正直な答えだ。